Maguro Impression
戯言披露ブログ ~ざれごとひろうぶろぐ~

  日々思った事、戯言など適当に書いてます。最近は感想が多め。 IEの文字サイズ「小」推奨。

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道士郎でござる◇79 感想 第二夜

道士郎の最終巻コミックス発売まで、あと6日。

果たして私は、それまでに最終回の感想文をすべて仕上げるコトが出来るのでしょうか?(滝汗)
・・・なんか、段々ヤバくなってきている気がします;(←2日目にして既にソレか;)

なにしろ、今日UPする分を、軽く読み直して、手直しする。
それだけで一日終わっちゃいマシタので;(滝汗)
・・・見切り発車って、恐ろしい・・・(汗)

――そんな訳で。
お待たせしてるかどうかはわかりませんが;
道士郎最終回の分割感想文の第二回目です。


◇分割感想予定表◇

 第一夜:衝撃の事実。
 第二夜:道士郎の家族。

 第三夜:捨てられた仔犬のような瞳で。
 第四夜:エリタンの味方。
 第五夜:失う不安。去り行く者。
 第六夜:後日談。
 第七夜:補足色々。



・・・今現在の予定としては、こんなカンジです。
ちなみに、第二夜のタイトルが、さりげに変わってますが;まぁ、気にしないでください(汗)
多分、これからもこーいうコトは多々ありますので。(←ダメダメ;)

――では。
これより、道士郎最終回の感想・『第二夜:道士郎の家族。』をUPします。


◇はじめに◇
今回の記事は、『第一夜:衝撃の事実』の続きになっています。
まだ、そちらを読んでいない方は、まずそちらからお読みください。


・・・感想本文は、『続きを読む』より以降にて。



麗一兄さんの成長してなさっぷりに、続編という名の未来を見た気がしました。

2006.2.11 マグロマナティ   



>「話はよくわかったケド(中略)道士郎クンのおウチはここよ!」
健助が覗いている、道士郎の家の中。
絶対ダメだと頑張って言い張っている母と、アクビをしながらソファに座っている兄

・・・・・・・。
麗一兄さん・・・(汗)
そんな、真剣な話に、アクビをしながら加わるなんて;

・・・そりゃ、前に書いたように、徹夜で道士郎を説得していて、ソレにつきあっていたから眠くて仕方が無い、というコトなのかもしれませんが・・・(汗)
それにしても。
後々に、道士郎の視線を受けてソファに隠れたりしている様子を見ても。
どうも、麗一兄さんは、あんまり、成長してないっぽい様です;
・・・本当にこのヒトが、あのサウザンツ来襲の夜に日本刀を抜いて健助の役に立とうとしたヒトなのか?とさえ思う程に。

・・・しかし、ですね。
実は、この麗一兄さんが成長していない様子こそが。

私が、「道士郎でござる」に続編があるのではないか?と思う要因の一つだったりもするです。(威力的にはAランク。)

・・・私が思うに。
恐らくは、西森先生的には、麗一兄さんもまた、道士郎の影響を受けて成長するキャラクターのハズだったと思うのです。
それは、連載中でも、麗一兄さんが鍛えたり、成長・変化を予感させるシーンはいくらかあった事から思ったのですが。

で。コレは、私の勝手な考えなのですが。
――もし、西森先生が、本気でこの作品を終わらせようと考えるのならば。
最終回における麗一兄さんの描き方は、まだ他にあったと思うのですよね。


例えば、あのサウザンツ来襲の夜。
麗一兄さんが日本刀を抜いた、あの時。
麗一兄さんには、確かに、成長の兆しが見られていました。(私見)

――極端な話。
麗一兄さんに関しては、『あのサウザンツの来襲の夜で成長しましたよー!』というコトにしといて、
あとは最終回の出番で、それっぽく、ちょっとは成長したように見せかけてさえおけば――
「ああ、麗一兄さんも道士郎の影響受けて変わったんだね、めでたしめでたし」
終わらせるコトも可能な状態だったと思うんですよ。(多少のムリヤリ感は、この際仕方無いとして;)

実際。
今回の最終回で、あのような描き方をされてさえいなければ、麗一兄さんに関しては、サウザンツ来襲の夜で終わっていても構わなかったような気さえしますし。


しかし。
今回の最終回での描き方を見るに。
私には、西森先生は、あえてそれをやらなかったんじゃないか?と思えるのです。(力説)

なんというか・・・
サウザンツ来襲の夜の伏線があった割には麗一兄さんにあまりにも成長の兆しが見られなさすぎるんですよね。(実際、最終回の麗一兄さんの様子からは、サウザンツ来襲の時に家族を守る為に日本刀を使ったあの時の様子は、想像つかないですし;)
更に言うなら、あのサウザンツ来週の夜を描いた時には、既に、道士郎最終回は決定していたものだとも思われますし。(←コレについてはちょっと事情が複雑なので、説明はとりあえず保留します;)

――そう。
これはまるで・・・
読者に、成長していないコトを強く見せつけているかのような・・・

ある種、わざとらしささえ感じる程の、成長してなさっぷりのように、思うんです。(爆)

なら。
そんな描き方をして、先生は、読者に何を伝えたかったのでしょうか?


・・・では、ここで。
麗一兄さんの成長物語が、「道士郎でござる」という物語の中でどういう立ち位置にあったか、改めて見直してみましょう。

元々、麗一兄さんのエピソードは、本編の節々で、ストーリーの間に挟まれるようなカンジで、ちょこちょこと描かれていました。
岩を動かそうとしたり、オノを抜こうとしたり、その修行が役に立ったり、時には本編に絡んできたり。

その立ち位置は、まさに、「道士郎でござる」という物語の中において、裏エピソード&裏ストーリーというカンジでした。
表ストーリーの影に隠れて進んでいる、もう一つの物語、みたいな。

つまり。
麗一兄さんの成長物語は、ある程度、表ストーリーと連動しているのですよ。
なんというか・・・麗一兄さんの成長物語が完結した時が、「道士郎でござる」が終わる時――みたいなカンジで。

つまり。
『麗一兄さんが成長してない』というこの現状は、「道士郎でござる」の物語が未完であるという事の現れではないでしょうか!?(思い込み)

そして、これこそが、先ほどの問い――
麗一兄さんが成長していないコトを描くコトで、読者に何を伝えたかったのか?
――に対する答えなのです!


そしてっ!!
西森先生が、あえてこのように、麗一兄さんの成長を完結させなかったのは――

『麗一兄さんの物語を描く余地を残しておく
 = まだ続きの物語を描く気がある。』


というコトの現れなのではなかろうかと思うのですっ!!!(私的主張)

・・・・・・・・・。

・・・まぁ、ですね。
冷静に見るなら、麗一兄さんについては全部描ききれなかったので、いっそ成長しきれていないままにしておいた――とも思えなくはないのですけどね(汗)

しかしそれだと、最終回にしては、麗一兄さんの成長しなさっぷりが激しすぎる気がするのもまた事実なのです。

私としては。
本当に、是非。
『道士郎でござる』に連載再開の可能性がある、という事に。
賭けたいと・・・思わずに、願わずには、いられないのです。


・・・では、話を感想に戻します;



>「いくら世話になったからってヤバイよ。ダメダメ」
こうして、麗一兄さんが、
不真面目な様子でありながらも、一応は止めている辺りに、
コトの大きさが見てとれるような気がします。

なんつーか。
不真面目な様子でありながらでも止めているのって・・・
かなり、あからさまにヤバい事件なんじゃないか?って思うんですよ;
(ちょっとやそっとのヤマなら、『ふーん』とかで終わりそうだし。)

――それが、ネバタで起こっている事件なのです。

後に、マリエさんの絵本想像で、『友人から、悪い人にイジメられているので、助けてくれとの文をもらいました。』と解説されている事から、
恐らくは、その事件は、道士郎の友人が、悪い人に酷い目にあわされている、といった事件であるかと思われます。

・・・という事から総合して。
その友人を酷い目にあわせている『悪い人』ってのは、
かなりのヤバイ人物なのではなかろうかと思われます。

そうして見てみると。
最終回での一連の道士郎の様子から、
もしかすると道士郎は、死を覚悟しているんじゃないか?って思うフシがあるような気がしてくるのだから不思議です。(誰にも『日本に帰る』と言わなかった所とかが、そんな感じ。)

うーん・・・一体、どんな事件が起こっているのでしょうか・・・。

あーーー、気になるっっっ!!!
――もし、連載再開したら、ソレがどんな事件だったのか、是非、描いて欲しいですねっ!!
そして、できればソレに健助も巻き込まれるコトも希望しますよっ!!
(←おい;)

大体・・・ですよ?
――相手がデカければデカい程。ヤバければヤバい程。
道士郎の力押しだけで解決って、出来るのかなぁ?とか思ってみたりもするんですよ。

――ここは一つっ!!
やっぱり道士郎だけじゃとりあえず何とかするコトは出来ても根本からの解決は不可能でした、ってコトにしてっ!!!
健助の力も借りるってのはどうでしょうっ!!?
続編の時のネタとして、是非っ!!!
(←発作;)


・・・もうこの際だから、いっそ、健助がネバダに連れ去られるとかいう展開もアリですよ(爆)
それくらいしないと、健助、ネバダに行ってくれそうにないですし。(お金ナイから;)

だって――

健助には、是非、ネバダにも行って欲しいんですよ!
で、ホークアイさんに会って欲しいんですよっ!!
道士郎父にも会ってもらいたいんですよっ!!

少なくとも、ホークアイに会いそうな伏線はあったのだから、
ホークアイに会いに行ってもイイんじゃないかと思うのです!!

ていうか、希望!
ていうか、熱望!!
ていうか、願望っ!!
(←ビミョーに用法間違い;)



>「ママ、武士のママだもの。負けないわよ。」
無言の圧力をかます武士。
なんとか耐える母と隠れる麗一兄さんが対照的です。(笑)

『武士のママ』って言葉から、
マリエさんは、なんだかんだで道士郎が武士であるコトを認め、理解してはいるんだなぁ・・・とか思ってみたり。

・・・やっぱり、母は強いです。さすが鎧武者(笑)。



>「母上に従います。」
決断を、母上に任せる道士郎。

このシーンを見て、最初に直感的に思ったのは、
『え?道士郎、そういう決断を母に任せちゃうのか!?』ってコトでした。

でも、よく考えたら、ソレは少し違うのですよね。
確かに、最終的な決断は、母に任せていますが――

道士郎自身では、もう決断はしているんですよ。
そして、その意志も、母上に伝えてあるんですよ。

道士郎は、その上で、母上に行っても良いかという許可をもらおうとしているんです。
そしてその結果、母上が行くなと言うのであれば、行かないツモリなんです。

つまり――いくら自分が、既に強い決断をしていても、母上が反対するのなら、それに従うツモリなんですよ。

・・・それが、いかに辛いコトか。
想像するのは、容易いコトではないでしょうか?

改めて思いましたよ。
やっぱ、道士郎は武士なんだな。と。

ホント、一体、どーやったらこんな武士が育つんでしょーか;
・・・道士郎父・・・・見てみたかったですよ・・・(泣)



>「全て母上にお任せ致します。」
母上に頭を下げる道士郎。
道士郎の向こう側に見える窓は、構図から言って、
健助がペトリとくっついて覗いている窓ですよね。
道士郎が影になって見えてませんが。

つか、見たかったです。
内側から見るペトリとくっついている健助の姿。(笑)

・・・よく見たら、サータンの影っぽいモノはあるんですけどねー。(西森先生、このテの小ネタ、よく使いますよね。)
ちなみに、その影の位置からしても、やっぱり、健助は道士郎の影に隠れちゃってます;

でも、この位置だったら、道士郎からは見えていますよね・・・窓にくっついている健助の姿。
・・・後々の様子から、道士郎は健助の存在には全然気付いてないようだけど;
・・・・・・気付いていて、気付いていないフリ・・・は、ないか。さすがに;



>『おやこうこうな武士』
絵本です。絵本作家なマリエさんらしく、絵本な解説・説明です。
絵本で表現することで、今までの経緯をわかりやすくまとめ
その上で、今、取ろうとしている決断により、その結果がどうなるかも、
わかりやすく指し示しています。

逆に言うなら、そういう内容であるからこそ、この絵本の内容から読み取れるコトも多いのではかろうかと思ってみたり。



>『友人から、悪い人にイジメられているので、助けてくれとの文をもらいました。』
恐らくは、コレこそが、道士郎がネバダに帰る理由
・・・多分、そのまんまですよね?
原因をワザワザ差し替える必要もないですし。



>『武士はさっそく出かけようと~おかあたまに止められました。』
まさに、今しようとしている決断、そのもの。
・・・ていうか、『おかあたま』って;
マリエさんの言葉センスには、感心しますよ(笑)



>『武士は親に逆らったりしません』
すっごい穏やかな顔の武士です;
マリエさんの目には、道士郎は、こーいう風に映っているんでしょうか?;
いや。マリエさんは何度か、道士郎の無類な強さっぷりを目にしているハズなので、それはちょっと考えにくいか;



>『おかあたま自慢の孝行武士でした。』
・・・・・・。
フツー、こーいう所では『孝行息子』と書くべき所を、『孝行武士』と書いてます;

・・・そんな所から見ると
もしかすると、マリエさんの中では、道士郎は『武士』であって、『息子』とはちょっと違うような感覚に捕らわれているのではないか?と思っちゃいます。

そういえば、いまだに、道士郎のコトを呼ぶ時は、『道士郎クン』だし。

この呼び方は、麗一兄さんを『麗ちゃん』と呼んでいるのに比べると、ちょっと他人行儀入ってるようなカンジがしますよね。
・・・・・・まぁ、ムリもないとは思うけど・・・。

傍から見てる分には、道士郎とマリエさんには、ある意味、麗一兄さんより強い血の繋がりを感じるんですけどね(笑)



>『また文が来ました。友人は死にました。』
死んだ友から文がっ!?;
・・・というツッコミはさておいて;

コレは、起こりうる未来の一つですよね。
あらゆる断片から予想されるネバダで起こっている事件の大きさからすると、あながちそういう未来もありそうなカンジです;
つまり――
放っておいたら、かなりの確率でネバダの友人はデッドエンドになる可能性がある、というコトだという事で;
・・・物騒な話です;(ていうか、どんだけデカい事件なんだよ;ネバダで起こってる事件って;)



>『武士は腹を切りました~死んでしまいました。』
可愛い絵柄なんてブラックなオチなんでしょうか(滝汗)

なんというか。
この絵本は、道士郎の人となりをよく現している気がします。
さすがタイトルが『おやこうこうな武士』なだけはあります(笑)

あの穏やかな顔の武士は、道士郎の外見――颯爽とした佇まいの立派な武士を表現していて。
そんでもって、オチのブラックな所は――道士郎の持つ、ある意味における危険性を表現しているのではなかろうかと。

――まぁ、そんな事を考えてみたり;



>「・・・やっぱ、行っていいよ。」
絵本にて繰り広げられた、
今までの経緯の説明と、これから起こりうる未来の予測。

友人に救いを求められたが、助けられなかった武士。
武士として義理(親に従う)は立てたが、人情を捨ててしまった。
道士郎は、腹を切りかねない程に責任を感じる。
そして実際に腹を切ってしまいそうだという、経験に基づく実感。恐怖感。
武士である道士郎を理解しているからこそ想像がつく、恐ろしい結末。

・・・ここまでの結末が想像つくってコトは、
つまりはマリエさんは、道士郎にそれだけの覚悟がある事を、直感的にわかっているんですよね。

その覚悟がわかっていて、それでも道士郎を止められるのか?

・・・止められるハズがないですよ。

やはり、あれだけの強い覚悟を持った道士郎を制止するには、ある意味、それ以上の強い意志と覚悟が必要であるという事で。

――で、マリエさんはソレに負けてしまった、と。
・・・重ね重ね、ムリも無いとは思うけど;


・・・ていうか、ここまで複雑には考えていなくて;
マリエさんは、ただ単純に、
『道士郎クンをムリヤリ止めたら、腹を切っちゃいそう・・・。』
と思って、許可しただけなような気もしますけどね;



>「武士の子なんか欲しくなかったのに。」
ある意味、マリエさんの心情が凝縮された一言です。

マリエさんだって、実の息子と、こんな息の詰まるようなやりとり、やりたい訳ないですよ;
フツーに学校行って。フツーにご飯食べて。フツーに友達とも遊んで。フツーに家族として接する。
そーいう生活を望んでいるに違い無いんですよ。

――それなのに、息子は、武士。

・・・マリエさんは、「道士郎」が武士である事を認め、理解はしている。
けど「自分の息子」が武士である事だけは、どうしても許容しきれないでいる。
そんな複雑な気持なんじゃないかなぁ?とか思ってみたり。



>「ボクは町民だよ!!」
軽く笑える麗一兄さんの一言(笑)
えーと、確か、道士郎の家の住所は、桜山一丁目だっけか。
・・・『桜山町』ではなかったと思うのですが。

ま、いっか。ここはツッコまなくても;



>最終回のマリエさんの様子から、第二部への望みを繋いでみる。

元々の気質なのか成長なのかはわかりませんが。
真っ向からの武士の気迫に負けまいとする姿勢とか、
自分が反対した結果、道士郎がどうなるのか想像するコトが出来る=道士郎の気質をよく理解している辺りから見ると、
連載当初に比べて、マリエさんは、ずいぶん武士・道士郎についての理解が深まっているように思います。(母だから、というのもあるかもですが。)
しかし。
連載当初にあった、伏線――
「道士郎を見て許すか許さないか決めて欲しい」(1巻冒頭)
を解消するにまでは、至っていません。

この伏線を消化するには、
マリエさんが道士郎が武士であるコトを良しとして(あるいは完全には認めなくても)、ダンナを許す。
・・・という、展開が必要なのですが・・・
最終回の時点で、マリエさんは、
ダンナを許す所か、『武士の子なんか欲しくなかった』とまで言ってます。

つまり、マリエさんの中では、まだこの件に関しては、ダンナを許すだのどーの言う以前の問題であるというコトなのです。

・・・この調子だと、公一さんがマリエさんに許される日は、まだまだ当分、先になりそうです;


ちなみにコレもまた、考えようによっては、
先ほどの、麗一兄さんの成長物語の未完と同じように、
「道士郎でござる」という物語が未完である事を示している事例ではないでしょうか?とも思えます。

とはいえ。
この道士郎父の問題は、道士郎自身の武士云々の問題に直結している為そう易々と描けるテーマではありません。
だから恐らく、この問題については、時間がない中において、切り捨てざるを得なかったエピソードだと考えられます。(泣)

・・・しかし。
逆に言うなら、切り捨てざるを得なかった問題であるからこそコレは、ほとんど着手されていない問題として残っているのです。
つまり。
この問題こそが、連載再開の時に、その連載のテーマとなる事が出来る問題でもあったりするのではないでしょうか??

・・・とまぁ。
またこんな風に、希望的観測をしてみたり。

・・・ホント、シツコイようですが。
私としては、本当に、是非。
『道士郎でござる』に連載再開の可能性があるという事を、願わずには、いられないのですよ。(泣)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

では、今回の分割感想・『第二夜:道士郎の家族。』は、ここまで。

  1. 道士郎でござる・感想
  2. 2006/02/11(土) 23:59 | 
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